論文
WER WAREN DIE TOLTEKEN? · FESTSCHRIFT FÜR ADOLF BASTIAN · 1896
原題Wer waren die Tolteken?
トルテカ人とは誰であったか
1896年刊・原刊415–418頁・半標題・標題・本文 日本語全訳
ククルカン/ケツァルコアトルの図像と神殿の重層構造を手掛かりに、トルテカ人とマヤ人の関係を仮説的に論じた短篇。著者名半標題、論文標題、本文、末尾の日付・地名を省略なく訳しています。
詳細概要 詳細概要を閉じる
ディースルドルフが、トルテカ人はマヤ人の一集団だったのではないかと論じた1896年の短報です。人間、鳥、蛇、幼児の身体をもつ神像に共通する顔を見いだし、ククルカン、グクマツ、ケツァルコアトルを同じ神の表現と考えます。トルテカ人がケツァルコアトルを主神としたという伝承を、この仮説に結びつけています。
さらに、チョルラの巨大な神殿丘は、役目を終えた神殿を埋め、その上に新たな神殿を築いてできたのではないかと推測します。コパンやチチェン・イツァの重層する壁、閉鎖された部屋、建材に転用された祭壇などを比較例に挙げ、神殿丘内部の調査を求めます。民族の同定も建築の解釈も、追加資料による検証を必要とする著者の仮説です。
EPUBは本文リフロー型です。読書アプリの画面幅・文字サイズ・縦横表示に合わせて組み替わります。
- 原刊
- ベルリン、『Festschrift für Adolf Bastian zu seinem 70. Geburtstage』、1896年、415–418頁
- 翻訳版
- 3頁
- 図版・挿図
- 0点
- 原刊言語
- ドイツ語
SOURCE & PUBLICATION DATA
底本・公開情報
- 底本
- Erwin P. Dieseldorff「Wer waren die Tolteken?」『Festschrift für Adolf Bastian zu seinem 70. Geburtstage, 26. Juni 1896』(Berlin: Dietrich Reimer (Ernst Vohsen)、1896年)pp. 415–418。
- 権利・利用条件
- 原刊本文はパブリックドメインです。Internet Archiveの当該項目は「Possible copyright status: NOT_IN_COPYRIGHT」と表示しています。公開画像には当該項目と提供館の条件が適用されます。
- 公開日
- 更新日
- 訂正窓口
- 誤訳・誤植を連絡する ↗
DOCUMENT READER
日本語翻訳版 PDF
PDFは自動では読み込みません。閲覧するときだけ下のボタンを押してください。